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潮騒ボンバー日記

山下達郎フリークの筆者による、つれづれの雑記帳です。

2017年春場所。稀勢の里連覇で思ったことつれづれ

稀勢の里が変わった。
変わったと言っても、立ち合いで変化したとかではなく、メディアを通して見せてくれる言動や表情が、横綱になってからなんだか「柔らかく」なったように感じる。

普通は逆なんじゃないかと。
横綱という最高位に登りつめたなら、いかにもテッペンらしい尊大さやら孤高っぷりを垣間見せてもよさそうなものなのに、稀勢の里は全然ちがった。
逆に、大関時代より親しみやすいイメージになった。
人間らしさが前面に出てきているようだ。

変わったと言えば、私たち観衆の側も変わったように思える。
綱に挑み続けている頃、稀勢の里のイメージはというと、肝心な一番を必ずといっていいくらい取りこぼし、あるいは力負けして、あとちょっと、あとほんの1勝が届かずに飛躍しきれないという、まさにもどかしさ120%の力士だった。

皆そういう視点で稀勢の里を見ていたから、何回も綱取りに失敗しても、優勝に届かなくても、「やっぱりね、稀勢だからしゃーないね」と、諦めの境地から半笑いで消沈していたと思う(でもあくまでファン目線ではある)。

ところが、横綱になってしまうと、あの頃の「ここぞという時に必ず負ける」というイメージは雲散霧消して、「絶対やってくれる」「誰よりも横綱らしい」「俺たち日本人の誇り」みたいな、好感度ぶっちぎり1位を独走しそうな勢いで稀勢の里を褒め称えている。
ケガを圧しての優勝で、その好&強イメージはピークを超えた。

でも本当は、変わったというのは正しくなくて、全部もともと自分の中にあったものが、横綱になった時に光が当たる角度が変わってより目立つようになっただけなんだとも思う。

印象が変わった稀勢の里本人にしても、雑誌などを読めば以前からひょうきんなプライベートを見せてくれていたり、巡業での屈託のない笑顔がかわいかったりしていた。
何もいつも、仏頂面で黙して語らず、ばかりではなかったのだなあと。

テレビを通して見ていると、特に印象的な一番で負けた直後などは、その時の能面みたいな表情がリピートされて「稀勢の里=ぶすっとしてる」というイメージが焼き付けられていたのだ(メディアおそるべし)。

それが、横綱になって日本じゅうが熱狂して、メディアに載る頻度が増えていき、今まで見れなかった一面にもスポットが当たるようになったのが一つ。

そしてもう一つは、やっぱり綱を張って、壁を超えられて、本人に余裕が生まれたのかなと想像する。

余裕というのは多分正しくない表現だけど、なんというか、今まで阻まれていた障害をクリアして一息ついたあと、新たな広大なフィールドが目の前にあるのを実感し、さあまた気持ち一新してやってやるぞ!というポジティブな心意気みたいな。
自分の限界はまだまだ先にあり、まだうんと強くなれる可能性をも見出して、それに挑める喜びのような。うまく言えない。

手のひらを返したような私たちの方にもそれは言える。
ここぞという時に負け続けるのに、それでも気になってしまうということは、基本的に全面的に稀勢の里が好きだったということの証左なのだ。
好きだからこそ批判して、稀勢の里の本当の力・潜在能力の高さが発現しまくる「いつか」を、今か今かと待ち望んでいたのだ。
潜在能力高いのにそれを生かしきれないキャラ、皆大好きですよね?

春場所後のインタビューを聞いてあらためて思ったのは、稀勢の里の口調が松井秀喜に似ているということ。
私は松井も大好きだった(今も)。
いつも冷静でいられる不動心を極めんとする魂、ファンのことを最大限に優先する姿勢、ケガをしても一切周りに泣き言を言わず試合(取組)に出続ける意志。
なんだか稀勢の里とかぶりすぎて、ちょっとこもったような声色さえも似ていて、「稀勢、松井じゃん!」と思わずつぶやいた。

松井のことも、真の4番になるまで長嶋監督と過ごした、長い試行錯誤の日々を、日本じゅうの皆が見守っていた。
本塁打王を1本差で逃した年が2年続いたけれど、その次の年にしっかりとタイトルを勝ち取った。

稀勢の里も、あと1勝が足りない場所がいくつも続いて、やっぱりダメか、また次か、とずいぶん待った気はするけど、ちゃんと皆が望んだところまで登りつめてくれた。

松井がメジャーへ渡り、何回ものケガを経て、ワールドシリーズMVPを獲った時の興奮は、先日の稀勢の里春場所優勝の興奮よりも大きかった。
この先、稀勢の里がもっとでっかい興奮と喜びをもたらしてくれることを切望しています。

稀勢の里の千秋楽の取組を見て、同部屋の高安が号泣していた、というニュースを聞いて私もほろっときた。
ところで、NHKの番組で、稀勢の里が高安のことを「たかやす(語尾が下がらず平坦な発音)」と言っていた。
ドリカム、とか、ミスチル、というあの感じ。
今まで私は「たかやす(語尾が下がる発音)」、たけなか、とか、やました、という言い方で呼んでいたのだけど、横綱にならってこれからは、「たかやす(ドリカム)」で行こうと思う。どうでもいいですが。